庄野潤三ファン掲示板

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悲しいおはなし - どくたーT@管理人(男性)

2009/11/16 (Mon) 06:40:16

皆様もご存じのことと思いますが、庄野先生が本名、芸名ともに名付け親だった、大浦みずきさんが亡くなられたそうです。53歳。肺がんだったそうです。

庄野先生のお別れ会の時、お姉さんの内藤啓子さんが弔辞を述べられたのですが、その中で、「本来は妹が来て霊前に言葉を捧げるべきですが、病気療養中のため、、、」というお話がありました。

そのときは、何の病気かわからないし、ただ聞き流していたのですが、シリアスな病気だったわけです。

庄野先生が亡くなられて、後を追うようにして行ってしまわれた。まだお若いのに、本当にたなしいことです。

謹んでご冥福をお祈りしたいと思います。

朝日新聞の記事はこちら
http://www.asahi.com/obituaries/update/1116/TKY200911150329.html

Re: 悲しいおはなし - たま(女性)

2009/11/16 (Mon) 14:33:54

庄野先生に続いてなつめさんまで・・・ 具合が悪いとは聞いていたのですが 来年の舞台に「声」の出演とあったので少しは快方に向かっておられるのかなと思っていました。なつめさんの長ーい手足 歌声 数々のダンスの名場面 これからもと楽しみにしていたのですが本当に残念です。心からご冥福をお祈りいたします。

Re: 悲しいおはなし - モチコ(女性)

2009/11/16 (Mon) 23:51:55

私も朝、新聞で知り驚きました。
何と申し上げていいかわからず胸がいっぱいですが、ご冥福をお祈りいたします。

庄野先生のおつけになったお名前、どちらも本当に素敵だと、ずっと思っていました。

Re: 悲しいおはなし - のぶ(?)

2009/11/17 (Tue) 01:04:25

私も本日の夕刊で知りました。「それはないだろう」というのが正直な気持ちです。なんとも残念で言葉もありません。寂しい限りです。今はただ、ご冥福をお祈りする以外にありません。

Re: 悲しいおはなし - かめきち(女性)

2009/11/17 (Tue) 10:53:53

今読み返している「メジロの来る庭」にも、庄野先生が奥さまとご一緒に舞台を見に行く話が出てきます。
フリーになったなつめちゃんに、どうかよい企画が当たりますように、と願う親心にも似た想い。
そんなエピソードを読んだ翌日に新聞に訃報を見つけ、ショックで涙があふれ記事の詳細がなかなか読み進めませんでした。
「なつめ」という名前は阪田寛夫さんが、庄野先生の小説の中からとってつけたそうですね。
阪田さんのエッセイで読んだ記憶があります。
小説の中の「なつめ」は夏子さんのことだから、「なつめちゃん」は庄野先生にとってもう一人の娘のようなものだったのではないでしょうか。
いつもいつも気にかけて大切に思っていらっしゃいましたね。

向こう岸ではご両親や庄野先生に「こんなに早く来て」と優しく叱られながら迎えられているでしょうか…。

Re: 悲しいおはなし - どくたーT@管理人(男性)

2009/11/17 (Tue) 21:49:45

たま様
モチコ様
のぶ様
かめきち様

書き込みありがとうございます。
庄野先生は宝塚の大ファンだったわけですが、そうなった理由の一つに阪田なつめさんが宝塚に入団したということも関係していると思います。

いま、天国では、阪田寛夫さんと庄野先生が、なつめちゃん早すぎるよ、と叱っているに違いありません。

本当に本当にご冥福を祈るばかりです。

追悼記事 愛読者@小田急沿線(男性)

2009/11/14 (Sat) 18:56:16

今日(11月14日)の朝日新聞夕刊のコラム<追悼>
に(鳥の巣箱と庄野先生の写真つき)記事が掲載
されています。
ご参考までに投稿致します。

Re: 追悼記事 - しも(男性)

2009/11/15 (Sun) 17:05:49

補足ですが、関西では11月15日朝刊に「惜別」として掲載されています。
確認できませんが、同様の写真が載っていますので、たぶん同じ記事だと思います。
地域によって多少のズレがあるのでしょうね。

Re: 追悼記事 愛読者@小田急沿線(男性)

2009/11/15 (Sun) 17:24:19

今日記事を切り抜きましたが、ご指摘のように
<惜別>が正解でした。
お詫び&訂正します。

Re: 追悼記事 - どくたーT@管理人(男性)

2009/11/15 (Sun) 18:49:06

愛読者@小田急沿線様

情報、ありがとうございました。
今度、読んでみようと思います。
庄野先生の追悼記事は各紙に載ったのでしょうね。「毎日」には、10月中に掲載されましたが、うっかり切り抜くのを忘れて、いつ掲載されたのか確認できないのが残念です。

庄野先生のお墓について - どくたーT@管理人(男性)

2009/11/09 (Mon) 22:22:15

愛読者の皆様

庄野先生の納骨が無事終了されたそうです。

お墓は“インド綿の服”の’誕生日の祝い’に出てくる長泉院の墓地の中央通りの端だそうです。
このお寺は小さいですが曹洞宗の格の高い歴史の古いお寺で20年以上前に、庄野先生が夏子さんの家を訪れた際に散歩の途中に立寄って周りの雰囲気が気に入り決めたそうです。

寺への行き方ですが、大雄山線の塚原駅(小田原から約15分)から山の斜面3Km位のところだそうです。バス便はないので、タクシーまたは徒歩になるそうですが、陽気がよくなったら、お墓参りに行かせていただければ、と思っております。

Re: 庄野先生のお墓について - しも(男性)

2009/11/10 (Tue) 21:28:15

管理人様が書かれていると言う事は、ご家族の方は、我々部外者がお墓参りに行っても差し支えないと考えておられる、と取って良いのでしょうか。

そうでしたら、すぐには難しいですが、いつかお参りさせていただきたいです。

Re: 庄野先生のお墓について - ともこ(女性)

2009/11/11 (Wed) 20:54:50

ご家族様のご迷惑にならないようにお参りさせていただきたいと思います

うれしい情報ありがとうございます

庄野先生の好きなバラを探してみようかな‥と思います

Re: 庄野先生のお墓について - どくたーT@管理人(男性)

2009/11/14 (Sat) 00:19:53

しも様
ともこ様

これはもちろん、機会があれば、どうぞお参りにいらしてくださいということです。泉下の庄野先生もお喜びになられると思います。

Re: 庄野先生のお墓について - どくたーT@管理人(男性)

2009/11/14 (Sat) 08:34:58

追加ですが、お別れ会の時に墓開きのお写真も飾られていたと思います。

私も植えました - そら(女性)

2009/11/10 (Tue) 11:59:17

以前庄野先生の著書に登場するクロッカスの花をお庭に植えたという方の投稿がありましたが、我が家でもこの秋庭作りに着手しました。

庄野先生のお庭のような多くの木は植えられませんがシラー、ブローディア、そしてクロッカス。
土を掘り石を取り除き球根を植える作業は、これからむかう冬を飛び越え早春から春真っ盛りの我が家の光景が見え、その空気の匂いまで感じられるようでした。
そしてこのワクワクは実際の春になるまでずっと続くのかとちょっとしたオドロキでした。
喜びのタネは自分でも作り出せるのですね!

初めて庄野先生の御本を手にしたのは、自分にもなじみ深い地名やお店の名前がたくさん登場するからでした。
小田急沿線に住みながら電車や車で通るだけだった生田のまちを訪ね、木陰のベンチで姉とそれぞれの家族の事、両親の事、先生の御本の事、自分達の子供の時代の事・・・語り合った時間は一生忘れない貴重なものとなりました。

こうした喜びを与えてくださった庄野先生に改めて感謝します。

Re: 私も植えました - どくたーT@管理人(男性)

2009/11/14 (Sat) 00:15:06

そら様

庭造り、楽しんでいらっしゃるようで結構ですね。
我が家も少しやらなければ、と思いながらやっておりません。昨年は、久々にチューリップを植えて、今年の春はずいぶん楽しんだのですが。

庄野家のように園芸主任が二人もいらっしゃる所にはかないません。

でも寒い冬に球根から出る芽を見ることは、やはり楽しいことです。そら様、どうぞ楽しまれてください。

敬称が無くなる時 - どくたーT@管理人(男性)

2009/11/04 (Wed) 21:07:16

私は今、故庄野潤三先生のことを、ふつう庄野先生と書いています。
この先生はもちろん敬称で、庄野様や庄野さんの様やさんも敬称になります。

ところで、日本語は呼び捨てにしてもよい人たちが2種類います。

一つは芸能人やスポーツ選手です。
新聞の見出しに、「松井、大ホームラン」と書くとき、「松井さん、大ホームラン」とはとは書かない。これはすぐにわかります。

もう一つは歴史上の人物です。どんなに偉い人でも歴史上の人物に敬称をつけることはない。「豊臣秀吉」「伊藤博文」皆そうですね。

文豪に対してもそうで、夏目漱石、志賀直哉、川端康成、みな敬称をつけることはないです。

第3の新人にしても、亡くなってしばらくたつ遠藤周作や吉行淳之介はすでに歴史上の人物扱いです。

庄野先生に関しても後しばらくすれば、敬称を使われない対象になります。それはいつのことなのだろう。

私にとっては、いつまでも庄野先生のような気がしますが。

無題 - ノリコ(女性)

2009/11/01 (Sun) 17:17:46

庄野先生が御亡りになったのを知りましたのは、旅行から帰ってからでした、私が庄野先生の大フアンであることを知っている友人から教えられました。お別れの会にも参列できず。痛恨の極みです。皆様からのお別れの会の様子を聞きまして、ああ庄野先生の人柄を表わすようのいい会だったんだな-と、自分が参加できなかったことが悔やまれます。もう読めないんだ、庄野先生のご一家のおはなしが、まるで親戚の方のような親近感を持ってしまい皆様の成長に喜びを感じてをりましたのに。息子が狛江在住のため、生田にはいったんですよ。味良でタンメンを食べ、OKで買い物をして、物語の舞台に堪能してかえって来ました。けいこちゃんのゆかた、一冊もってるんですが、今回夏子さんの一文が乗っているとのことでしたので、取り寄せて、今手にしたところです。ご家族に暖かく見守られて最後までお幸せそうで、悲しいですが、ご冥福をお祈りいたします。再度生田散策して来ようと思います。

Re: 無題 - どくたーT@管理人(男性)

2009/11/03 (Tue) 14:09:15

ノリコ様

庄野先生も御高齢でかつ病気療養中ということもあり、ノリコ様がお別れ会に参列できなかったこと自体は、仕方がないことであると思います。

これで、先生の新作を読むことはできなくなったわけですが、先生の作品群はこれからも読み継がれていくと思いますし、また我々愛読者にとって読み返すことも多いと思います。そうしながら、先生の文学をまた味わえればいいなと思います。

生田も親しい土地とのことです。また機会を見て散策されるのですね。大変結構なことと思います。

「夕べの雲」以降の諸作品は、「生田」という土地がなければ生まれなかったとも思いますので、その土地を愛した庄野先生のご冥福を祈るのにも適当なのだろうと思います。

庄野先生への感謝の気持ちです - しも(男性)

2009/10/28 (Wed) 21:34:51

先週の土曜日に都合が付きましたので、生田を訪れてきました。

少し曇り空でしたが、雨は降らないでくれました。今回で三度目の来訪です。
生田を散策しながら小説の舞台をめぐるのは楽しいものです。以前「味良」でたんめんをいただきましたが、今回は足を伸ばして「益膳」へ。地図をたよりにてくてく歩き、20分ほどで到着しました。ちょうど開店したところのようで、まだお客さんは誰もいませんでした。
「益膳」と言えば、お正月に必ずお鮨の出前をとっていますが、最初の頃は鰻組とお鮨組がいました。今回はうな丼を注文。20分くらいして並んだ、うな丼・肝吸い・お漬物の美味しいこと。ちなみに「夕べの雲」を読んで待っていました。
会計をしている時に、お店の女性の方に近くにお住まいですか?と尋ねられたので、庄野先生のファンで大阪から来た事を話すと、喜んでいただいて、お店で良く宴会をされていた事や奥様がすごくかわいらしい事など教えていただきました。
これまでご迷惑になってはいけないと思い、ただ散策して、満足しているのですが、思いがけないお話が聞けて、良かったです。以前「くろがね」に行った時も、いろいろお話いただいたのですが、皆さんのご親切にふれるたびに、先生のお人柄を感じられて、嬉しくもありさびしくもあります。お礼を述べて、お店を後にしました。

来た道を戻り、先生のご自宅の方へ、離れたところから三度ほど立ち止まり、手を合わせ、これまでのお礼を申し上げました。これが今回の目的。庄野先生のお別れ会に参加できなかったのですが、やっと気持ちが軽くなった気がしました。

高校時代の教科書で、庄野先生の随筆「道」を読んで、そこから読書の楽しみを覚え、また、それまで自分の感じていたいろいろな事を、先生の本を通して後押しをいただき、自信を持てました。何度か、一度お会いして、感謝の気持ちを伝えたい、と思いながら、でも、こうして本を通して、いろいろなモノをいただいている事で十分だ、と思いながら。
そう言った気持ちが少し整理できた気がいたしました。

帰り道はOKの前を通ったのですが、「藤屋」さんが他の店に変わっていました。残念でしたが、仕方ないですね。

これまで、庄野先生の本を何度も読んでいますが、以前と違う印象を感じて驚く事が良くあります。「夕べの雲」の「コヨーテの歌」の最後のシーン、
『ここにこんな谷間があって、日の暮れかかる頃にいつまでも子供たちが帰らないで、声ばかり聞こえて来たことを、先でどんな風に思い出すだろうか』
生田に来て、変わるもの、変わらないものを見ながら、また、新しい何かをいただいたようで、驚きを感じています。

庄野先生、これまでありがとうございました。これからもよろしくお願いします。

Re: 庄野先生への感謝の気持ちです - どくたーT@管理人(男性)

2009/10/31 (Sat) 19:02:41

しも様

よいご旅行をされましたね。
私の家から生田はさほど離れてはいないのですが、路線が違うためか、生田駅で降り立ったことはこれまで3回だけ。3回目は先日のお別れ会の日ですから、なんとも申し上げようがありません。

益膳さんへももちろん伺ったことはありません。でもおかげさまで、しも様の文章を読んで、益膳さんは庄野家の御用達だったことがよくわかりました。

生田の駅は谷地にあって、そこから団地に向かってだんだん高台になっていきます。そしてその頂上に「山の上」庄野先生宅があるのですが、生田を散策するとその構造がよくわかり、庄野先生がこの生田の地形を「夕べの雲」の時代からこよなく愛していたんだなあ、と思わずにはいられません。

しもさま、
本当に素敵な追悼をされましたね。
また良い報告の書き込み、ありがとうございました。

本の雑誌11月号20ページ - かめきち(女性)

2009/10/18 (Sun) 22:49:05

どくたーTさま、みなさま、こんにちは。
今月号の本の雑誌に庄野先生を見つけました。

これから読む方のために詳細は伏せますが、
「庄野先生を現代風に表現したらこうなるんだぁ」
と、ほのぼの楽しくなる記事です。
使われている写真もとても素敵です。

Re: 本の雑誌11月号20ページ - どくたーT@管理人(男性)

2009/10/20 (Tue) 21:33:30

かめきち様

情報をどうもありがとうございました。この書き込みのあった後、まだ本屋を覗いていないので、今度行ったら確認します。

写真も素敵とのこと、楽しみですね。

Re: 本の雑誌11月号20ページ - しも(男性)

2009/10/20 (Tue) 23:08:41

ご紹介いただいた本を見てきました。
意表をつかれ、おもわず笑ってしまいました。
ありがとうございました。

ついでに、文芸誌をチェックしたところ、「群像」と「新潮」に追悼記事が載っていました。

群像
http://shop.kodansha.jp/bc/books/bungei/gunzo/

新潮
http://www.shinchosha.co.jp/shincho/newest/

新潮は三浦朱門さんが書かれています。

追悼文がでると、なんだか寂しくなりますね。

Re: 本の雑誌11月号20ページ - どくたーT@管理人(男性)

2009/10/26 (Mon) 21:10:23

かめきち様
しも様

現物を見てから書き込もうとしていたので、すっかり遅くなりました。お詫び申し上げます。

「本の雑誌」は完全に意表を突かれました。こういう方向で追悼されると(実際は追悼しているわけではないのですが)、もう微笑まずにはいられません。ある意味最高の追悼の言葉かもしれませんね。

新潮の三浦さんの原稿は全体で2ページの、庄野先生の若いころのエピソード。なるほどなあ、と思いました。

三浦さんが最後に書いていましたが、「第3の新人」での生き残りは、阿川弘之さんと安岡章太郎さんと三浦さんの3人だそうです。この中で、安岡さんは実質的な活動をされておらず、現役は阿川さんと三浦さんの二人です。このお二人には、ますますのご活躍をお願いしたいと思います。

群像の追悼特集 - どくたーT@管理人(男性)

2009/10/31 (Sat) 11:27:07

群像の追悼文について書くのを忘れておりました。
群像誌は、4人の方が書かれております。

一人目は、生涯手紙のやり取りだけだったという岩阪恵子さん。庄野先生のはがきへの細かな心遣いのあったことなどが書かれておりました。

鬼の大久保として知られた群像の名編集者、大久保房男さんは、第3の新人登場の時期の頃のことを書かれていて、第3の新人こそが、日本文学の嫡流であったことを書かれています。

饗庭孝男さんは庄野文学の死生観について述べ、これはまさにその通りだと思いました。

斎藤礎英さんの「喜びと楽しみの実験室」は、「貝がらと海の音」から「星に願いを」に至る11年間の連作を、実験的手法の文学としてとらえています。

それぞれ、庄野文学の多面性を知る上で有用な文章だと思いました。

週刊文春10月15日号 - さとう(男性)

2009/10/16 (Fri) 19:20:57

管理人様、皆様
週刊文春の10月15日号の連載コラムで、坪内祐三氏が『けい子ちゃんのゆかた』を取り上げておられました。ただこの一冊だけではなく、一連の作品を遡って思いを新たにさせてくれる、良いコラムでした。

Re: 週刊文春10月15日号 - どくたーT@管理人(男性)

2009/10/17 (Sat) 15:06:17

さとうさま

情報のご提供ありがとうございます。
私、今週の週刊文春を見ていないのですが、後で確認しようと思います。

たくさんのありがとうを - かめきち(女性)

2009/10/13 (Tue) 21:57:28

新聞で訃報を見つけた夜はひとりでずっと泣いていました。
でもこの掲示板で、花いっぱいのお別れ会の様子を教えてもらったり、たくさんの読者の方の先生への思いを共感しながら読んだりすることで、悲しみの涙は幸せの涙に変わりました。

今ワシントンのうたを読み返していますが、何十年も前の幼児期の思い出に対しても「ありがとう」と言える庄野先生に、改めて感動しています。
私も日常の些細なことにも感謝の気持ちを持てる人間になりたいです。
大切に一日一日を、一時一時を過ごしていきたいです。
「自分の羽根」を最後までちゃんと見てから打ち返す人間になりたいです。

大根おろしを食べるとき庄野先生を思い出します。
リンゴを食べるとき庄野先生を思い出します。
明治のチョコレートを食べるとき、紅茶を飲むとき、ぶどうを食べるとき、宝塚歌劇のポスターを見るとき、鳥を見るとき、木を見るとき、歩くとき…。
日常生活のいろんなところから庄野先生の思い出が顔を覗かせます。
そのたびに涙ぐみながらも幸せになります。
もうこの世にはいないという事実は思い返すたびにせつなく悲しいけれど、庄野先生を愛する人たちの心の中に、庄野先生は確かに存在している。

一面識もないただの読者のひとりに過ぎない私のような者の中にも。

Re: たくさんのありがとうを - どくたーT@管理人(男性)

2009/10/14 (Wed) 23:46:44

かめきち様

本当に素敵な書き込み、ありがとうございます。
かめきち様の文章を読むと、庄野先生の作品が読者の心にともした灯りがいかに素敵だったかを再認識いたします。

私も結局庄野先生と面識を持つことはありませんでしたが、庄野文学を味わうことで、いろいろなことが少しずつ変わったと思います。それは大変嬉しいことです。

かめきち様のおっしゃるように庄野先生を愛する人たちの心の中に、庄野先生は確かに存在しています。

これからもそういうものを大切にしていきたいですね。

どくたーTさま - かめきち(女性)

2009/10/15 (Thu) 21:26:10

こちらこそありがとうございます。
この掲示板の存在には本当に感謝しています。

さっき、ふと思い立って帝塚山学院のHPを覗いてみました。
「建学の精神」のところに初代学院長の顔写真が載っており、
「潤三さんに似てる」と嬉しくなりました。

かめきち様 - どくたーT@管理人(男性)

2009/10/17 (Sat) 15:04:42

そうですね。
庄野潤三先生はお父様とよく似ていらっしゃるかもしれません。


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